【2023春特集】3:環境リスクの効率的な評価・低減技術を研究する立場から見た土壌・地下水汚染対策の課題~横浜国立大学大学院 小林剛准教授インタビュー
横浜国立大学大学院環境情報研究院 小林剛准教授インタビュー
土壌汚染対策法施行により土壌汚染への対応が本格化してから20年が経過した中、どのようなことが今後の課題となっているのでしょうか。環境リスクの効率的な評価・低減技術の研究を行っている横浜国立大学大学院環境情報研究院の小林剛准教授が考える土壌・地下水汚染対策の今後の課題について話を聞きました。(エコビジネスライター・名古屋悟)
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◆課題…依然偏重されている掘削除去、進まぬ中小企業等での調査・対策など◆
――土壌汚染対策法が施行されてから20年。環境リスクの効率的な評価・低減技術を研究する立場から見た土壌・地下水汚染対策を巡る課題は何でしょうか?
「世界は持続可能な開発目標(SDGs)や脱炭素化を目指す時代となり、環境浄化においても環境・経済・社会への負荷を考えることが求められていますが、土壌汚染対策ではやや改善傾向にあるものの、依然として掘削除去が偏重されていることは大きな課題だと考えます。
土壌汚染対策法は“リスク管理法”とも言われ、汚染の除去よりも曝露管理や曝露経路の遮断を基本的な考えとしています。以前に比べるとだいぶ割合は減ってきていると言われていますが、法に基づく区域指定を受けた土地で見ても約7~8割で掘削除去が行われています。
掘削除去・場外搬出処理は運搬、処理、土壌入れ替えなどにコストがとても多くかかることがこれまでも課題と言われてきましたが、重機を多く使ったり、多量の土を遠隔地に運搬したりするのにも多くの車両を使うことから温室効果ガスや他の大気汚染物質の排出量の増加や、騒音・排ガスなど近隣の環境への影響も課題です。
健康リスクが十分に小さい状況であるのに掘削除去が偏重される原因として、不動産価値の下落のようなことも挙げられますが、他に、リスクの考え方の普及が不十分であり、リスクの大きさが見えず、基準超過した状況に対して市民らに大きな不安を感じさせていることも挙げられます。
健康影響を及ぼす可能性が低く、土壌汚染対策法に基づく「形質変更時届出区域」に指定された土地であれば、状況によっては温室効果ガスを増大させてまで掘削除去・場外搬出を行う必要があるのかは、今後、ますます真剣に考えていくべき課題でしょう。
また、中小企業、個人事業主での調査や対策が進んでいないことも課題です。土壌汚染対策法が施行されて20年が過ぎ、大手の企業等では法の考えも浸透し、保有する土地の調査や対策が進んだ一方、街のクリーニング店や町工場など中小企業や個人経営者などでは、多くが調査も行われていません。事業を廃業することになって、いきなり問題に直面するということが多く起こっています。
土壌汚染対策法では有害物質使用特定施設の廃止時に調査が義務付けられますが、施設を廃止してもその建物に住み続けたりする場合、調査の猶予が認められており、実際に法の施行状況を見ても調査の猶予を受けているケースが非常に多く、子供の世代が相続する際にはじめて問題が発覚することも珍しくないのが現状です
有害物質を取り扱う事業所では調査すると半数近くで基準を超過する有害物質が見つかっており、土壌汚染があることは決して珍しいことではありません。法に基づく指定基準を超えれば区域指定を受けて公表されること、調査や措置に多額の費用がかかることから調査を先送りしている場合が少なくありません。ただし、例えばトリクロロエチレンやテトラクロロエチレン等を溶剤として使用していた事業所においては、非常に高濃度の汚染が地中に残っていることも多く、それらが拡がるほど、地下浸透するほどに調査や浄化の費用は膨らみます。ご自身だけでなく、次世代のためにも、早期の調査と、少なくとも高濃度の汚染の除去を、環境対策費用を捻出できる操業中に進めて欲しいと思っています。
さらに、法規制対象の物質への対応も重要ですが、未規制物質への対応も課題だと考えています。現行の土壌汚染対策法では27項目が対象となっており、土壌汚染対策は基本的にはこれらの項目の汚染物質を対象に実施されています。しかし、土壌汚染対策法ではまだ対象になっていないものの2019年に環境基準に追加された1,4-ジオキサンや、昨今問題になっている有機フッ素化合物(PFAS)など、今後規制対象になる可能性がある化学物質はいくつもあります。健康被害や周辺環境への被害について、裁判などで争われる事例もいくつもあります。自身の使用する化学物質がどのようなものか、SDS等で把握するとともに、毒劇法や化管法など、他の法令で管理が求められている物質については、基本的には土壌に入らないような管理をすること、漏洩などした場合には、速やかに地下浸透させないように対応すること等、未規制物質も含めた土壌汚染の未然防止は重要と思っています。汚染物質が長期残留する、ストック型汚染と言われる土壌汚染への対応は、法律ができてからでは遅いということです。」
◆掘削除去偏重の解消に向けて、リスクなどの見える化とリスクコミュニケーションの推進がカギ◆
――課題に挙げられた掘削除去偏重を変えていくために必要なことは何でしょうか?
「掘削除去偏重の解消に向けて、リスクなどの見える化とリスクコミュニケーションの推進がカギになると考えています。
土壌汚染対策法はリスク管理をベースとした考えの法律ですが、実際のサイトでは基準で線引きされ、基準を少しでも超えれば、その土地は土壌汚染地となり、掘削除去が行われるケースが後を絶ちません。しかし、リスクという意味では、基準値をわずかに超過した状況と、基準値をわずかに下回った状況とリスクの大きさはわずかにしか違いません。地下水環境基準であれば、水道水質基準の値と同じで、基準値をわずかに超過した水は、水道水より少しだけ汚れた水という見方もできます。例えば、埋立地の誰も飲まない土地の地下水まで、水道水のレベルまできれいにする必要があるでしょうか。基準に対して数倍程度超えただけの汚染と数万倍超えるような汚染、どちらも同じように高いお金をかけて掘削除去されるというのは合理的なのでしょうか?低減されるリスクにたいして、発生する環境負荷は本当に必要なものでしょうか?
こうしたこともリスクの考え方の普及が不十分なことから起こることだと考えられます。基準超過による健康被害などが生じるリスクの大きさが見えるようになれば、土地の利用状況や土壌汚染対策により生じる他の影響にも配慮して適切な管理、浄化技術が選択されるようになると考えています。
リスクの見える化については、産業技術総合研究所が開発した地圏資源環境リスク評価システム『GERAS』や土壌環境センターが開発したサイト環境リスク評価モデル『SERAM』があり、広く活用されることに期待しています。当研究室では、GERAS等で土壌汚染地での多様な曝露経路からのリスクを計算するとともに、そのリスクの大きさを正しく認識する物差しとなる指標について学生と研究を進めています。
また、掘削除去偏重の解消に向け、グリーンレメディエーション(GR)やサステイナブルレメディエーション(SR)といった新たな浄化手法の考え方にも注目が集まっています。GRはエネルギーや資源と廃棄物など多様な環境影響を定性/定量的に評価し、悪影響を最小化する対策を選択するもので、SRは環境影響だけでなく社会的(騒音や振動等や作業者の安全等)・経済的(事業による費用や便益等)の影響も評価して対応を選択するものです。東京都がGR評価ツール「土壌汚染における環境負荷定量ツール(簡易版)」をホームページで公開しているほか、産業技術総合研究所を中心にSRに関するコンソーシアムも発足しています。今後は、益々、省エネやCO2排出量の削減も強く求められるようになります。土壌汚染地での健康リスクを許容レベルまで低減されるのはもちろんですが、社会の限られたリソースを活用して環境・経済・社会の利益が最大化されるような対策手法を選択できるよう、評価のためにオーソライズされたデータベースやツールが必要だと思っています。
低CO2排出とともに、操業中にも適用できる対策技術として、竹中工務店が代表機関となり岡山大学とともに本学も、汚染地盤を掘らずに省エネ浄化できる加温式高速浄化システム『温促バイオ』の開発に携わりました。有機塩素系化合物を分解する微生物にとって最適な温度まで地中を加温し、微生物の活性化と汚染物質の溶出を促進し、浄化期間の半減とともに省エネも実現するものです。加温しない場合に5年程度要していた浄化の期間を2年程度まで短縮できるため、掘削除去と比べてSR(環境・経済・社会)の視点からも有用な技術です。この技術については、第48回環境賞において環境大臣賞などを受賞しており、高い評価をいただいています。このような、SRに配慮した技術は、土壌汚染分野だけでなく、多様な環境技術についても配慮されるようになるようにも思います」
◆中小向けに10~15万円程で済む小型吸引浄化装置の開発◆
―中小事業者等における調査・対策を進めるために必要なことは何だと考えますか?
「まずは、土壌汚染の調査を進めてもらうための普及・啓発は必要ですが、『中小規模事業場向けの調査・浄化技術の開発、普及』が欠かせません。例えば、有機塩素化合物について、全取扱事業所に汚染調査と土壌浄化を義務付ける条例を全国で初めて制定した神奈川県秦野市は、安価に現地で測定が可能なボーリングバー検知管法による簡易土壌汚染調査により調査を進めたほか、簡易な土壌ガス吸引装置や地下水浄化システム(揚水曝気+活性炭吸着)を市で所有して必要な事業所に貸し出して浄化を進めました。
私どもも簡易で安価な浄化技術の開発が重要と考えています。特に溶剤を使用した小規模事業所の高濃度汚染を操業中に処理するために、現在、浅い部分に残留した高濃度汚染部の濃度低減をボーリングをせずに時間をかけて行う小型吸引浄化装置の開発を進めています。
基準達成までは達成できなくても、操業中から浅層部の高濃度地点を集中的に吸引除去しておくことで、法に基づく手続きの前に導入すれば、汚染が拡がって更に浄化困難となることを防ぐとともに、将来の浄化費用の低減や早期の区域指定の解除に役立つことが期待できます。
当研究室で考えているのは、深さ1~2mまでの浅い高濃度の汚染位置を複数の細い管で吸引するのであれば、井戸掘削にボーリング機も不要ですし、土壌ガス調査時にボーリングバーであけた穴をそのまま利用できます。吸引ポンプも1時間あたり0.2~2㎥程度の小さなものを使用するため安価ですし、設置面積も0.5㎡程度とコンパクトで操業中でも邪魔にならない大きさになっています。
秦野市の簡易土壌ガス吸引装置が50~100万円程度かかるのに対し、この程度の装置であれば10~20万円程度で済みます。現在、某事業所において試験運転中ですが、その事業所では運転開始時100ppm程度だった吸引ガス濃度が半年後には数ppm程度となっています。操業しながら、これ以上悪化させない安価な技術があれば、調査して早期に状況を把握しようと思えるのではないでしょうか。土壌汚染の調査対策やコンサルティングをされている企業の方々には、このような中小企業が操業中から取り組めるような、技術指導を対策メニューとして持ってほしいとも思っています」
◆土対法で未規制でも他の法律で自主管理などが既に求められている物質についても自主管理を◆
――未規制物質への対応はどのように考えていけば良いですか?
「土壌汚染に繋がる多様な汚染物質の自主管理が必要だと考えています。
現在、地下水の環境基準が設定された1.4-ジオキサンや、暫定目標値が設けられたり実際の地下水汚染が見つかっているPFOS、PFOA等が今後土壌汚染においてどのように扱われるのか関心を集めています。環境基準にも要監視項目となっている項目が多数ありますし、自主管理が求められている化管法の対象物質など、将来的に規制対象になりうる項目は多数あります。繰り返しになりますが、土壌汚染はストック型汚染です。過去の法規制前の土壌汚染については、社会が無知であり仕方ない面もありました。現在は、土対法で未規制でも他の法律で自主管理などが既に求められている物質については、土壌汚染すればそのまま残留するかもしれません。土壌汚染して将来、後悔することの無いように、自身だけでなくその土地を引き継ぐ次世代のためにも、使用する化学物質がどのような物質かを把握して、自主管理して欲しいと思います」
◆廃業時では支援等受けるのも難しくなるため早期の調査を推奨◆
――中小事業者、土地所有者はどのように臨めば良いと考えますか?
「早期の調査を推奨します。また汚染があるのであれば、汚染をそのままにしておいても良いことはあまりありません。特に、有機溶剤(クリーニングで使うパークレン<テトラクロロエチレン>など)系の汚染は、広く移動してしまう性質があります。地下浸透して地下水を汚染したり、また高濃度で地下水の下にまで入ってしまうと、浄化期間も費用も桁違いに大きくなります。
そのため、早めに調査をして状況を把握すること、敷地内の浅いところにとどまっているうちに対応した方が、後の汚染拡散や健康被害の未然防止ということだけでなく、事業者の費用的な観点からも良いでしょう。操業中であれば、環境対策のための融資などを受けることも可能ですが、廃業時ではそのような支援を受けることも難しくなります。
また、未規制物質を含め、土壌汚染を未然に防止する意識も大切です。自身が扱っている化学物質について、まずはどのような物質かを把握して管理しましょう」
◆中小事業者対策で国や自治体に期待すること◆
――今後、中小事業者の対策を進めるにあたって国や自治体には何を期待しますか?
「少しずつ改善されていますが、これまで基準値を少し超えるだけで健康リスクが低い土壌汚染でも掘削除去、土壌入れ替えが行われるケースが数多く見られました。環境・経済・社会への負荷という視点で見た時、こうした事例が適切かどうかを考える必要があります。そのためにも、形質変更時用届出区域のような、基準値を数倍超過しているときのリスクの大きさをより分かりやすく説明できるように、リスク情報を説明するための情報の整理や、その土地の用途に応じたリスクの目標や対策メニューの設定等が示されると良いようにも思います。
東京都が実施している土壌汚染アドバイザー派遣制度のような、中小企業などの円滑なリスクコミュニケーションを支援する仕組みも、他の自治体に広がればよいと思いますし、国はこのような取り組みが困難な自治体の支援に取り組んで欲しいとも思います。
リスクコミュニケーションを進めるためにも、先ほども挙げましたが、社会に認知されたリスク評価ツールやリスク判断指標を制度的に位置づけられると良いようにも思います。
また、中小事業者の支援として、土壌汚染対策法に基づく基金の柔軟な運用はできないものかと思います。例えば、土壌汚染対策法が施行される前に発生していたと考えられる汚染の場合は汚染原因者であっても何らかの救済措置が欲しいように思います」
◆指定調査機関には“かかるつけ”医的な対応を期待◆
――有害物質を取り扱う事業者と直接向き合う指定調査機関には何を期待しますか?
「土壌汚染対策法に基づく手続きを適切に行うことはもちろんですが、中小企業の操業中からの相談を受け、安価な予備調査を行ったり、形質変更時届出区域の管理支援をしたりするなどの、かかりつけ医的な対応をしていただくことを期待しています。
また、事業者や土地所有者の事情や土地利用のあり方、リスクに応じた安価な目標別対策メニューを積極的に提示し、更に市民の不安解消のためにリスクコミュニケーションを支援していくようなサポートも役割として期待したいところです。
かかりつけ医的な対応というところに絡みますが、未規制物質も含めた化学物質管理についても、各事業所で取り扱う化学物質の情報に基づいて、土壌汚染の未然防止の観点から積極的にアドバイスしていただくことも期待したいところです。
中小企業の土壌汚染対策を進めるためには、国や自治体、指定調査機関による多重のサポートが大事と思っています」
(終わり)
※小林剛准教授のホームページは以下のアドレスを参照してください。
http://ecolab.ynu.ac.jp/
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